グローカルコラム 62

オリンピックに思う

過去最多のメダル獲得数だとかで、オリンピック一色といった感じです。アスリートとして努力に努力を重ねて勝ち取った栄光ですから、確かにすごいし、すばらしことに違いないのですが、メダルを取った選手の軌跡だとかを興味本位に報じて、ハッピーエンドのストーリーをまとめあげて感動を押し付けるような報道を見ると、どうしても違和感を感じてしまいます。

特に、スポーツエリートとして小さい頃からその競技一筋に専念させられ、父親(両親)の猛特訓やシゴキを乗り越えて「親子で勝ち取ったメダル」であり、「親の悲願」などといったストーリーで、親がメダルを取った本人以上にはしゃぐ姿を見ると(?)を感じます。これでは、子どもが親の虚栄心や果たせなかった夢を勝ち取るための手段になっているように感じられてならないからです。

ある民放でメダルを取った選手を集めて意見を聞いていましたが、「オリンピックのメダルは、自分にとって何か?」という問いを各選手にフリップに書かせていました。「人生の通過点」などと答えられる選手もいて安心もしましたが、「人生の夢」などという選手もいて、おせっかいながらこの選手の人間としての将来に不安をおぼえました。言うまでもなく、オリンピックでの活躍などは「青春の1ページ」にすぎません。それが、10代や20代の人生の序盤戦で、すでに夢を勝ち取ってしまって、その後の人生をどうするつもりでしょう。

フランスの有名な作家であるロマン・ロランが栄誉ある文学賞を受賞したとき、彼の母はこう述べたというのです。

 

「お前が成功と栄光とを喜んでいるのなら、ただそのために私も喜ぶ。しかし、お前が一人の善い人間であってくれるほうが母はうれしい。もしも、お前が幸福な家庭を持ち、別に有名でもないといったふうであれば、一層うれしい」

(「ロマン・ロラン全集」みすず書房)

 

子をもつ親としては、実に教訓に満ちた話です。私としても、我が子に対し、「メダルもいらない、賞もいらない、有名でなくていい、ただ一人の善い人間として生ききって欲しい」と願える親でありたいと思います。

子どもは親の所有物などでなくして、一個の独立した人間であり、人格であります。「オリンピックで金メダルを取ることがお前にとって最善の人生だ!」と教え込まされる子どもがいるとしたら、「いい学校を出て、有名企業に勤めるのがお前にとって最善の人生だ!」と教え込まされる子どもと同じ危うさを感じ取るのです。

メダルラッシュで沸くオリンピックを見ながら、日本人として喜びも感ぜずに、こんな思いをめぐらしている私は、やはり相当な「ひねくれ者」なのでしょうか。


(次回へつづく)

                              (2004年8月27日)



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